糸川英夫博士は、第二次大戦中、
帝国陸軍の、隼(はやぶさ)などの戦闘機の設計にたずさわり、
終戦後は米国によって航空機の開発を封印される中、
ロケットに着目します。
1954(昭和29)年、在職していた東京大学に研究班を組織し、
20分で太平洋を横断する「ハイパーソニック輸送機」を提唱、
ロケットを砂浜で水平に飛ばすという画期的な実験を成功させ、
国産ロケット開発の礎を築きました。
しかし、とある新聞社から「東大はロケット開発をやめろ」
繰り返し攻撃され、スタートして10年後には、
ロケット開発から身を引くことに。
国内でのロケット開発を快く思わない
海外を中心とした勢力に圧力をかけられた、
という説もありますが、真相は闇に包まれています。
それでも潔く、「男が同じことをいつまでもやるもんじゃない」
と、バイオリンを研究、製造し、クラシックバレエを極め、
・・・と新しいテーマに邁進されるあたりが、さすが、糸川博士です。
そんな糸川博士が、匿名の識者集団「未来捜査局」と共同で、
20年後の未来を描いた小説を出版しました。
1979(昭和54)年のことです。
本のタイトルは、「ケースD ―見えない洪水―」です。
ストーリーは、1980(昭和55)年に始まります。
東京サミットの取材を終えた、とある新聞記者が
何者かによって、命を奪われます。
当時、生まれたばかりの息子・佐満人(さみと)は、
記者だった父のことを何も知らず、やがて成人し、
国連筑波大学に学ぶ学生になります。
そして、彼の成人祝いの会でもたらされた、
「あなたの父は殺されたのだ」という
父の友人からのメッセージ。
事件の真相を究明しようと、
父が遺した、焼け焦げた取材メモを頼りに、
父の友人・知人を転々と探し訪ねる佐満人。
しかし、接触を図った人々が次々と事故死、病死に見舞われ、
佐満人も路上で襲撃されます。
やがて、国家を超えた利権をめぐって
とてつもない計略があったことをつきとめた佐満人は、
このままいけば自然環境が深刻に汚染され、
人々の暮らしを脅かす最悪のシナリオ、
「ケースD」を迎える・・・と世の中に発表します。
この発表に、衝撃を受ける世界の人々。
人々は、マスメディアの情報を信じられなくなり、
世の中は大混乱に陥ります。
そこへ、折しも世紀末思想を利用し、
世の中を混迷させるカルト集団による
暴動が勃発・・・
ストーリーは、利権の支配する体制によって
地球環境が破壊され、人々の暮らしが脅かされる未来を描き、
利益のみを重視し、追求する政治経済のあり方に、
警鐘を鳴らすものでした。
小説が描く、沈鬱な近未来予測は
まるまるは当たらず、幸い、
21世紀は無事に訪れました。
それというのも、ミレニアムが近づくにつれ、
「持続可能性」という言葉が普及し、
地球や人の暮らしを守る技術や取り組みが
増えたことが大きいでしよう。
また、メディアへの信頼が揺らぐ
一連の事件もあって、情報リテラシーへの
人々意識の高まりにもつながりました。
糸川博士も、きっとあの世で
胸をなでおろしていらっしゃることと思います。
世の中には、解決が必要な問題が
まだまだ山積みです。
それでも、これまで私たちの生命をつないでくれた
先人の努力に感謝して、その恩返しの意味でも、
良いことの実現を描き、「不」のつくことを取り払って、
素敵な未来を創っていきたいものですね。